さいたま朝日「日泰飛僧」の第12号(2017年12月25日)- タイの行商とタラート(市場)
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日本では行商の方を見かけるのは少なくなりました。住宅地は日中不在の方が多く、昔のように遠くの専門店にいくことなく近場のスーパーなどでいつでも購入できるからでしょう。

タイのWATJAPNのあるメーカウトンタースット村は、町から約20キロ離れており人口約2千人が住んでいる。近くには中堅規模の「朝市」(タラート)が国道沿いにあり毎早朝数時間だけ開かれている。「夕市」は、村内にあり規模が小さく自宅などで栽培した新鮮な野菜や果物類を売っているが、お客さんは余り来ない。其れを埋めるのが行商の方たちだ。

行商の方は、中堅規模のタラート(市場)には日替わりでやってきて店を開いてもいる。そこにこない、こられないお客さんのためには日中小型トラックやバイクで村内を行商している。活魚・貝などの新鮮な食料品、重量のあるベッド・家具・台所用品・洗濯を干す竹竿そして修理もするガラス屋などがマイクで呼びかけている。一番の人気はアイスクリーム屋で「ピコピコ」と鳴らしてやってくる。その他宝くじ屋やホーキ屋は大体が歩きだ。炎天下の中、毎日何キロも歩き売れるのか気になる。中・大規模な夕市「ナイトバザー」とよばれる)が毎週末どこかで開かれている。そして移動型夕市がWATJAPANのある村の広場にもときどきやってくる。遊具はゴムの滑り台が子供には人気。それと一緒に食べ物屋とか靴屋・ベルト屋・帽子屋なども一緒にやって来る。村に到着すると音楽をがんがん鳴らしアピールするが、夜間こどもを外に出かけさせ小金を持たせる親は少ない。先ず赤字だろう。しかし郡や町そしてお寺での夕市バザーは、行商たちの一大集合地だ。大変賑やかで驚くほどの屋台がでており娯楽も楽しめる。大きな空き地か歩行者天国にしており、青空マーサージ屋もあるし生の楽団の演奏や踊り・ムエタイも見られる。

タイ人はお祭り大好きで、楽しみ方が日本と似ている面もあるが異なっているのは、暑さや不便さをカバーしているのが「出前行商」だ。日々売るものや売り方が換わるので面白い。それが消費発展途上国タイの行商の姿だ。





さいたま朝日「日泰飛僧」の第1号


WAT JAPAN(ワットジープン=泰日本寺)をタイの北部チェンライに開堂した経緯は何といっても“仏縁”でしょう。

ベトナム戦争の頃立ち寄ったタイ国の印象は、「平和と仏教」そして「微笑み」の国でした。

50 歳台から休暇をとりタイ仏教を学ぶため通うことからはじめ、早期退職しタイで著名な瞑想寺院ワットパクナムに出家しました。帰国後日本仏教をゼロから学 び、4年前に日蓮宗僧侶の資格を取り、そして3年前から《日本タイ文化交流センター》を開設した後、平成25年1月27日、新寺院の落慶式を行いました。 年に数回日本とタイの間を往復しながら交流と修行そして布教をしています。

これからは、近くの高原の麓にある瞑想寺院に僧坊を所有していますので、瞑想の指導もできます。そして裏庭の岩場に散骨もできます。

WAT JAPANでは「法話とany3taichi(簡 単な健康太極拳)」を企画しました。将来は、タイ語で読経や法話をしたり、個人のお宅に伺い、病気治癒祈願ができる僧侶でありたい、と考えています。日常 の寺院は、村の子供たちの遊び場で児童センターです。そして在留日本人の方々が家族の命日等で訪れていただければ・・と思っています。

 

さいたま朝日「日泰飛僧」の第2号−托鉢

 

自己紹介をします。サラリーマン生活33年、さいたま市南区在住34年、世界の放浪の旅約90回中とくにタイへの旅は35年で60回、そして僧侶の道は7年です。

「しょうこう」は日本での出家名です。執筆名のニックネーム“日泰飛僧”は、其の姿を評し《さいたま朝日の由布編集長》から戴きました。天国に近い高度1万メートルを飛行機でさいたま市の自宅からタイ北部のチェンライ市のWAT JAPAN(日本寺院)までの片道飛行距離約4,572キロ(2432マイル)を年数回往復して活動をしている中高齢年令僧侶の愛称です。

タイ人の素晴らしい優しさを感じるのは<托鉢>のときです。早朝日本の僧衣姿で鉢〔バーツ〕を持って裸足で人の集まる大きな市場に行きます。托鉢には10人以上の僧侶が来ています。信仰上タイ人の僧侶に寄進するのは普通です。が、日本人の僧にも寄進してくださる方がいます。

1品だけでなく『托鉢セット』にはおかずとご飯そして飲み物がビニール袋に入っていますので大変重いです。断ってはいけないので一定の段階でタイミングをみて戻ります。しかし、時々追いかけての寄進者もいます。嬉しい悲鳴です。托鉢中声をかけてくるのは、日本にいったことのある人、日本に興味がある人です。

さいたま朝日「日泰飛僧」の第3号

タイの最北部チェンライのWATJAPAN(泰日本寺院)通いと反対にタイから一人車椅子の方を2013年12月招待しました。3年前に2年間借用していた《日本タイ文化交流センター》の大家さんだった方です。電気修理屋を営んでいるので秋葉原電気街をはじめ境遇が似ている埼玉県障害交流センターそして鉄道博物館等を案内しました。箱根の温泉にも1泊車椅子で入浴できるホテル「ホテルおかだ」を探し連れて行きました。そして日常生活では私の趣味の太極拳教室にも2箇所連れて行きました。そこでの質問は「日本の感想は?」でした。返事は“街が綺麗【女性も・・・】”“皆さん親切”そして“車椅子で出かけやすい道路と交通機関”でした。

招待をした私本人の感想は、『タイも12月頃から寒く【乾季】なりますが、余り一桁の温度にはならないので大変だったこと、又家を改造したり、準備には結構時間を掛けた結果満足してくれただろう』と確信しています。

日本人が外国にでかけ、住み、そして多くの方が日本を訪れる時代です。これからは、車椅子等障害者の方の眼での視点もとりいれて国際交流をしていって欲しい、と望んでいます。

 

さいたま朝日「日泰飛僧」の第4号(2014年6月22日)−タイのクーデター


約8年ぶりの軍によるクーデター(戒厳令)が5月22日発表された。タクシン派のインラック首相の失職は、タクシン元首相の恩赦法の反対からだけでなく親族の優遇人事、新税の導入、そして米買い上げ代金の未払い問題などが複雑に絡み合ってのことだ。

5月23日深夜発のNH849の席はがらがらの状態。それに予定より1時間も早着。タクシーでフアランポン中央駅まで行く途中見た軍の検問所は1箇所のみ。女性運転手は失職したインラック首相の「性格が好きでない」と言葉少なに語っていた。市内の寺院巡りはまったくスムーズで外国人の観光客が少ない様子に見えた。テレビや新聞そして通信の報道規制がされ監視中であるなか、徐々に緩和されているようだ。

チェンマイ市のターペー門のところでは中国人観光客と兵隊が記念写真を撮っており順番待ちの状態。在タイ日本人も不要な外出を控えるように通達されているが、皆さん注意しながら普段と変わらずの生活をしており成り行きを見ている。

そしてチェンライ市の公設市場は戒厳令下のため17 :00に全店店を閉めていたが、路上店は賑やかで市民は買い物に、観光客はナイトバザーやレストラン等に21:00頃迄楽しんでいました。

今回のクーデターの前に王室(国王)の仲介はなく、政党、軍とのバランスは崩れたが、各界で理想的なタイ社会を模索しているのがタイ式のクーデターだがその終着駅は見えない。

(6月13日夜間外出令は撤廃されました。しかしタイ式軍事政権の掌握は強力な民主主義による政党の移管迄は君臨し続けるでしょう。今回のクーデターは、多くの課題を残した選択の結果でした。尚、米代金の未払いは軍事政権で支払われました。;6月13日記)

 

さいたま朝日「日泰飛僧」の第5号(2014年7月27日)-タイ式軍事民主主義政権の道

今回のクーデターは9年前とはどうも違うように思う。結構軍事政権を支持する人がバンコク市の大都会を中心に多い。ただ見えない部分もありタイ特有のうわさが跋扈(ばっこ)している。しかしタイ人は余り政治に関心がないようだ。<個人主義の社会>かつ《複雑な民族(人種)構成の社会》であるからでしょうか。

マスコミの新聞・テレビは、軍の監視つきであり一応中立的のようにも思えるが、明るさはない。そして今までの警察には、国民から不信があった。しかし、軍(警察と共同)による麻薬の取り締まりや武器の取り締まり等は成果を挙げている。もちろん政治活動の拠点捜索は村の隅々まで行っている。

この度は、国王の仲介役的な出番はなく、来年秋に向けての民政移管移行計画は動き出した。だが当面は軍事政権だ。観光客やタイ経済の減速や低下はないと言っている。だが本当だろうか。周辺国のマレーシア、ラオス、カンボジア、ミャンマーはタイのバーツ経済圏だ。

戒厳令解除後も以前も民衆の生活は変わらない。日本寺院のある村では1ヵ月後の解除後、村長主催のエアロビック体操が連日連夜村の広場で多数の参加者で行われている。私も一度参加した。日本寺院でも在タイ日本人対象の「日本式葬祭会」を6月14日日本人6名とタイ人3名のボランテア9名で立ち上げた。しかし一方地元にあるチェンライ日本人会(会員約80名)は「5名以上の集会が禁止されているのでカラオケ大会は無期延期」と地域生活での密着感覚がずれている。

大阪外国大学名誉教授の赤木攻氏は「行政運営や経済政策の立案と運営は、軍人には不得意な分野」で「今回の軍政は一つの試練であり・・・試金石になる」(タイ政治社会の潮流)と言っている。私は、所詮軍は外敵や内乱を鎮めるのが仕事だが「クーデター以後の長期の軍政は疑問」との批判や反省の声も聞こえてきている。

 

さいたま朝日「日泰飛僧の第6号(2014年11月23日)−在タイ高齢日本人

タイで79歳の高齢日本人を殺害しその遺体を切断した衝撃的なニュースがありました。そして12年前にも日本人の夫が転落死した疑惑も浮上しています。動機は「嫉妬と金」と言うが<高齢日本人>がなぜ標的になるのでしょうか。第2の人生の生きがいと癒しを求める一方、負(マイナス)の負担を認識せずに甘い幻想を抱き罠に落ちいって滞在していた結果とも言えましょう。1年滞在のヴィザは80万バーツ(約240万円)の預金か年金があれば容易に取得できるし、現地の女性と結婚すればその半分ですみます。衣食住の費用は、超格安で基礎年金だjけでも生活ができるいい国です。

WAT JAPANのある私の住むタイ北部にも約4,000人(在留届け者のみ)の日本人が滞在しています。ここ数年、1年間に死亡した日本人は、20名以上でそのうち70歳以上が約7割を占めています(チェンマイ総領事館発表)。

日本人の個人生活レベルも千差万別で事件(ヴィザ切れの不法滞在、離婚をはじめ麻薬、詐欺、窃盗に巻き込まれる)等の話には暇がない。飲酒運転で死亡した方や自殺者もいました。これからは孤独死のケアが大変です。日本人同士の助け合い(互助会)もあるが端緒についたばかりです。外国人である現地妻との年齢差もありコミニュケーションの不足の解消努力や高齢日本人の死亡後の幼い子供の養育、家族の遺族年金の準備をしていないとトラブルは避けられないでしょう。バンコクでの日本人殺害事件の背景や動機の深層をもっと知らないと 再発することになります。

ただ外国でロングステイ(長期滞在)をさせてもらっている決め手は「金」ではなく《こころ》であって欲しいと平素から念願しています。
ラックタイ(愛するタイ)より、合掌。  

 

さいたま朝日「日泰飛僧」の第7号(2015年1月25日)−タイと日本の葬儀の違い

 日本とタイとの葬儀式の違いを紹介しましょう。日本では宗派毎に葬儀式が異なります。しかし、日本とタイで大きく違うのは何でしょうか。結論から言ってしまえば、「悲しみは同じです。また、釈迦仏教は同じでも南方仏教と北方仏教では死者に対する解釈と戒律が異なっているので式典が異なります」。もちろん亡くなった際の火葬や墓地などについては、各国の法律があります。

日本は病院死が8割以上ですが、タイでは自宅死がほとんどです。死亡の手続きはほぼ同じです。ただ在留日本人が亡くなったときは大使館を通じての追加手続きがいくつかあります。タイの地方ではお金持ちほど<お祭り>のような葬儀が何日か続きます。そのうえ通夜や告別式以外斎場の焼き場でも式典があります。僧侶に寄進したり、葬儀の協力者にお金を渡したり、集合写真を撮ったりもします。又、日本のように焼いた後、即遺骨を引き取れず翌日になります。

基本的に一般の人は墓を求めないので遺骨を自宅に持って帰らず焼き場の中に個人が購入した仏塔に骨を収めたり、信仰する寺院の中に置いてもらったり、後日散骨したりします。日本の三十三回忌までの13仏事もなく100日法要で供養は終わります。

日本人僧侶の出番は、遺体を前に行う告別式や遺体を焼く斎場でのお経そして100日の追善供養です。今まで6回しました。ただタイ人僧侶と同じ場所での葬儀の場合でも時間差が必要です。タイ人僧侶は戒律が異なり引導の仕方も異なるので一緒にするのはまだ大変です。

 

さいたま朝日「日泰飛僧」の第8号(2015年05月24日)-チェンライに桜を植える小堀さんたち

タイの最北端チェンライに日本の桜(河津桜他5種類)を1000本植えた群馬県の酪農家小堀長夫さんに出会った。

戦後70年、ここタイではインパール作戦で多くの日本将兵たちが、撤退時に餓えや病気で亡くなっています。 そのことを当時中学生だった小堀さんはよく覚えています。

又実家は苺農家だったが寒さで不作の時期、温暖な地タイを旅して敵地を探していた。 しかしいつのまにか桜を植えることに切り替わった。 「慰霊の気持ちからではない」と本人は言うが、次の1万本計画にはもっとまだ多くの日本人の将兵が眠っているミャンマー(ビルマ)が視野に入っています。

それも私財を投げ打ってボランテアでの行動です。 2014年12月1日チェンライ空港内からはじめ県内の4箇所に植え終えています。

数年後に花が咲けば、いいチェンライの観光名所となり、またタイに於ける日本人のシンボルにもなるでしょう。“50年後にはだれが植えたか” でいいと小堀さんは答えています。

WATJAPAN(タイ日本寺院)にも花桃の木2本を寄贈してくれました。 これも楽しみです。

タイ北部の観光の代表地は、古都で国際都市チェンマイです。 だがここチェンライは空港から数十キロ先の黄金三角地帯(ミャンマー・ラオス・タイ国が交差するメコン河)や佛都の名刹寺院の所ですが、それに桜の名所が加わる日も直近です。


さいたま朝日「日泰飛僧」の第9号(2015年09月27日)ー在タイ日本人たち

世界には仕事や勉強のためやその他の事情から海外で長期に滞在している日本人が数多くいます。ここタイはマレーシアのペナン島についでチェンマイ市が人気のある長期滞在者の都市です。

その多くは現地の女性と結婚している年金者が多いのが特徴です。チェンマイの日本人会(定住者、ロングステイ、福祉、日系企業)もその性格を現しています。在チェンマイ日本国総領事館が所管しているタイ北部9県には約5
,000人(平成26年10月現在タイ国には64,285人)が在留を届けています。3ヶ月以上滞在しなければ届けなくてもいいので実態は数倍の方が娯楽、癒し、趣味、交流、結婚等のため滞在しています。長期の滞在ヴィザ[1年]は、仕事や勉強のヴィザ以外80万バーツ(約288万円、マレーシアでは300万円以上)以上タイに預貯金か年金のあることがベースです。

あるときチェンライに住みたいと言う年配の一日本人と日本で面談しました。“タイが何故好きなのか”の理由を聞くと、「物価が安い」「近い」そして「気持ちが楽、やすまる」とのことでした。「気持ちが楽、やすまる」とは<ヨーロッパ(西洋)に比べて東南アジアの人を低く見てのことでは?>と言ったら≪価値観の違い≫と反論されました。

どうしてもそんな方が多いようにも感じます。もちろん後進的な分野はあります。しかし同じ目線、平等観そして反対に勉強させてもらっている、と言うのが小生の心情、信念です。それらの気持ちの前に日本人は【お金もち】と思われているのも事実でしょう。その優越性が気持ちや心にどうでるのかでしょうか。

又、現地情報は、大使館の安全情報をはじめバンコクやチェンマイでは有料の邦字新聞(バンコク週報)、無料のミニコミ誌(チェンマイはCHAO)がいくつかあります。そして個人のBLOGが情報を発信してくれています。日本人が多く住めば日本食レストランもあちこちにありますし食材類も容易に手に入ります。

タイ人は親日的な国民ですし兄弟国日本(人)との交流に問題は余りありません。が、現地日本人同士の救済・福祉が希薄です。《年金難民》的な余裕のない方もいますが、≪住まわしていただいている≫事を忘れないで生活して欲しいものです。

 

 

さいたま朝日「日泰飛僧」の第10号(2016年03月27日)ータイ日本寺院(WATJAPAN)3周年


タイで唯一の日本寺院「ワットジープン」「WATJAPAN」は、タイ北部のチェンライの郊外に縁があって6年前にオープンしました。そしてタイ人の篤志家の方たちの支援で土地を借り建物を建築してから丸3年。目的は自分の修行と日泰の文化(仏教)交流の拠点です。

タイ国には日本人が仕事や格安に住める第2の人生のため多くの方が住んでいます。特にタイ北部地区には5,000名以上の方が長期に滞在しています。そこではチェンマイ総領事館扱いでは毎年現地で20名以上の方が亡くなっています。其の内、日本人関係者5名の方の葬儀にも協力してきました。又、村のタイ人の葬儀にも参加してきました。そしてタイでは葬儀以外新築祝いなどにも声をかけられるのでお祝いに行きます。

「ワットジープン」には宿泊もできますので日本からでもタイ国内の遠くからの方たちも無料で宿泊してもらっています。又、大家さんがレストランを経営していますのでまったく心配ありません。余り遠くなくミャンマーの国境の街タチレイクへヴィザを取りに行くのもバスで約1時間(自転車で約2時間半)でいけます。そこは名勝の黄金三角地帯(ゴールデントライアングル)にも近く「ワットジープン」から自転車で1周したら日帰りで行けました。

2016年1月27日の3周年記念行事は、タイで亡くなった方の内、WATJAPANでお世話した6名の供養と村長以下大家さんたち村民対象の<感謝(ありがとう=コップンクラップ)の日本食(てんぷら)パーテイ>をしました。1周年記念では、音楽大パーテイを実施し大変喜ばれました(HPをご覧ください)。今回も大変喜ばれました。

日本仏教は、タイ(人)には信心深いタイ仏教がありますので未だ受け入れられていません。しかし、日本文化や日本人僧侶は受け入れてくれています。平素“仏陀の日(ワンプラ)”に行く托鉢では、いつも一杯寄進してくれます。休日にはボランテアで行う日本語の教室にも子供から大人まで来てくれますのでいつも多忙です。

しかし将来に向けてこの『ワットジープン』を一緒にか引き継いでくれる人を探しています。

 

さいたま朝日「日泰飛僧」の第11号(2016年12月25日)ータイの死亡者のワーストは何?New


タイ保健省の発表では、患者の多いワースト6では、急性下痢症、不明熱、肺炎、食中毒、出血性結膜炎、デング熱(AIDはここ数年ベスト10)です。 暑さ故と食べ物そして自然の脅威からの影響でしょうか。

自殺者や交通事故死亡者は患者といえないのかもしれません。とくに人口当たり交通事故者は世界でもワーストトップクラス(世界で第9位〜約2万6千人、人口10万人あたりでは第2位)です。

そして仏教国で慈悲のある社会でも自殺者はいます。*残念ながら年間原因別死亡者数は見えませんでした。

一方日本では、厚生労働省の統計【2012年】の死亡ワースト5は、悪性新生物(癌)、心疾患、脳血管疾患、肺炎、老衰です。 年齢別、地域別、男女別等に細かく統計が出されています。 日本とタイでは統計の取り方及び出し方、病院の数や規模、制度が異なりますので比較は困難ですが、タイの特徴と事例を紹介しましょう。

・医療費及び薬代は無料です。 国立・県立・市立病院が多く大規模です。公立以外の個人病院(主にクリニック)や大きな病院(例えばキリスト教病院、私立大学病院)もあります。郡単位では「保健所」があります。 公立病院の患者は多いので経過が良くなったら即退院をさせられます。 面倒をみてくれる完全看護型はなく主に家族が見ています。 其の家族は、夜間病院の庭にテントを張ったり、患者のベッド下や周辺に寝ています。 病院内はいつも一杯で不衛生な廊下に置いたベッドに寝されられるときもあり病室も環境の悪い(蚊も飛んでいます)ところが結構あります。 外国人は無料の公立病院では応急の対応はしてくれますが、即治療費の高い私立病院に転院させられます。

@2016年在タイ日本人の死亡者が例年より多いと聞いたので、探ってみました。 皆さんの声を集合すると、此処10数年前にタイに移住した年金組の方たちも段々「高齢化」している。 一方、雨が降らなかったり温度が高かったための「異常気象などの気候と体力のアンマッチ」による減耗(今年はタイ人でも熱中症による死亡者が増加)。 そして同じ日本人のDNAなので癌などの疾病に侵されるためでしょうか。 熱帯の国に住みストレスもなく食事もタイ料理《「トムヤンクン」は癌予防に効く》と言われているのですが、暑い国タイでも日本食ブームなので「贅沢なアンマッチな食事生活」なためもあるのでしょうか。